お元気さまです、シンです。
ゆかさん、投稿ありがとう。
素晴らしい体験を分かち合ってくれて本当に感謝します。
両親への感謝は、命のバトンを繋げて下さった
ご先祖様への感謝にも通じるのですね。
それだけでなく、感謝は脈々と続いてきた不の連鎖を
も断ち切ることにもなるのですね。
涙なくしては読めない投稿です。
ぜひ多くの皆さまも、とても深い内容ですので、
じっくりと味わいながらお読みになって下さいね。
よかったら、このブログの情報を周りの方へ教えて頂けると
とても嬉しいです。
→ http://www.birthdayhappy.jp/
今の日本の悲しい現実、それは国内の殺人事件の半分が
家族内殺人であるという事実です。
このブログを通じて、感謝に満ち溢れた幸せ家族が
どんどん増えて、感謝の輪が世界に広がる事を願っています。
シンさん、お久しぶりです!
素晴らしい体験を分かち合えるブログを作ってくださり感謝します。
(初めてのみなさんのために投稿するまでの経緯を少し書かせてもらいますね。)
シンさんとはもともと家族ぐるみで仲良くさせていただいて、
ひょんなことから自分の中にあったテーマ、
とりわけ母との確執とでも言えばいいのでしょうか、
尊敬しているのにも関わらず、両親への反発や無礼な態度、
母にひどく反抗したり感情的になったり冷たくあしらってしまう
ことを話したことがありました。
それは両親に問題があるわけではなく、まるで鏡のように
自分の中にある受け入れがたいものが両親の姿を通して
映し出されているだけなのですが・・・
そんな話をした時、
シンさんは「ぜひ親の足を洗ってごらん!」と言ってきたのです。
「絶対何かが変わるから!」とにかくやってみなと。
半信半疑だったけれど、シンさんの確信に満ちた響きと、
「本当に何か変わるのかもしれない」という思いで親の足を
洗う事をシンさんに約束しました。
しかし足を洗う事を決めても、正直その時は、
あまりやりたいとは思いませんでした。
理由は無いけれどやりたいとは進んで思えませんでした。
そのせいか、すぐには実行出来ずにいました。
しかし、父がお風呂に入ろうとするちょうどその時に居合わせたこと、
今日がそれを実行する日だと感じて実行に移しました。
最初は母からでした。
正直、恥ずかしいし、抵抗がありました。
感情的な「きらい」が内側からこみ上げてくるのを感じました。
しかし洗っていくうちに細い母の足、小さな小さな足の裏に触れ、
何も言えなくなってしまった。
一生懸命私をこの小さな頼りない足で育ててくれたこと、
私の知らない道を沢山歩いてきたもうすぐ60歳になる母の足。
この人に何の文句があるというのだろうと感じました。
産んでくれてありがとうという感謝の思いが自然とでてきました。
母もなんだか嬉しそうでありました。
「気持ちいいな」って何度か言ってくれたのを覚えています。
お互いにありがとうと言い合っていました。
正直何を話していたか良く覚えていません。
ただ温かい空気だけが漂っていた気がします。
この体験で意外な結果となったのが父の方でした。
父には、ただ「足を洗わせてください」と言って、
恥ずかしがる父をお風呂場に連れ、あらわさせてもらいました。
服を着て小さなお風呂場に大の親子が一緒に入るのはかなり異様で、
互いにどこか照れくさく感じながら足を洗いました。
母にもそうでしたが手に石鹸をつけて
丁寧に膝下から指一本一本にかけて洗うのですが、
どちらの足も想像以上に細く、
とりわけ父の方は昔と比べると筋肉が相当落ちており
以前のがっしり太い足は柔らかく、軽く一回りは細くなっていました。
洗っている最中、父はこんなに人に洗ってもらった事ないし、
こんなに丁寧に自分で洗った事もないなあっと言っていました。
そしてこのことは一生忘れない、忘れられないなあっと言っていました。
私もまた、父の足に触れているうちに
心の奥底からこみ上げてくるものがあり、
突然涙か溢れて来てしまいました。
理由は分かりません。
ただ涙が奥底から出てくるのです。
「よくわからないけれど、涙か出てきっちゃった」と
恥かしさをごまかすように父に言ったら、父も泣いていました。
その涙は父と私との関わりからのものではなく、
父自身と父の両親との関わり合いがこの出来事を通じて
父の中から何かが引き出されているようでした。
自分は両親にこんなことしてあげなかった、
自分は親不孝者だったと。
この時、私は父の中にも私のように両親へのテーマが
あることを感じました。
そしてこの時、「負の連鎖」が終わった気がしました。
父の後ろに、私の後ろにずっと続いていた命のバトン、
命の糸が光に満ちていく気がしました。
そのうち私は父の足から離れがたいものを感じていました。
(ちょっと気持ち悪い話かもしれませんが)ずっと洗ってあげたいなあと
考えている私がいました。
足を洗い終え、居間に戻る父に、
終わったからもうお風呂に入っていいよと伝えると、
「もったいなくて入れない、もったいなくて。」といって本当に嬉しそうでした。
その後、遅くまで起きていた私に、
父がもう一度「今日は洗ってくれてありがとう。」と部屋越しに
いつもとは違う響きで声をかけてくれた父がいました。
それ以降、親の言いつけは素直に聞く。守る。が私の日々の生き様の
基本に加えた事もお伝えしたいと思います。
この体験を通じて感じた事は、
体験はどんなことより素晴らしいと言うことです。
これはやってみなければ分からないことでした。
そして私だけの感動体験は私のみならず両親にとっての感動体験になり、
そしてこの話を分かち合った友達にとって、疑似体験であるけれど
感動体験になることも大きな発見でした。
行動してみなければこのような体験を味わう事はできませんでした。
変化とは実行実践したものの中にこそあると感じることができました。
そして感動のあとには感謝がこみ上げてくること。
両親への感謝、そしえて脈々と続く命のバトンを繋げてくださった先祖へ。
それからこの素晴らしい体験の機会を与えてくれたシンさんに、
私の体験を聞いてくれた沢山の友に感謝いたします。

